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盛岡地方裁判所 平成4年(行ウ)6号 判決 1995年11月24日

岩手県東磐井郡大東町曽慶字角地一一四-四

両事件原告

佐藤政雄

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

岩手県一関市田村町七-一七

平成四年行ウ第六号事件被告

一関税務署長

高橋敏男

東京都千代田区霞ケ関三丁目一番一号

中央合同庁舎第四号館

同被告

国税不服審判所長 小田泰機

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

平成五年ワ第九四号事件被告

右代表者法務大臣

宮澤弘

右三名指定代理人

黒津英明

久城博

畠山一寿

佐々木幸弘

佐藤晴道

被告国及び一関税務署長指定代理人

佐藤光英

山田昇

千葉泰夫

被告国税不服審判所長指定代理人

本多弘一

主文

一  原告の、被告一関税務署長が原告に対して行った平成二年六月二八日付け加算税の賦課決定処分の、昭和六〇年分につき過少申告加算税三万四〇〇〇円を超える部分、同六一年分につき過少申告加算税二万九〇〇〇円を超える部分、及び同六二年分につき過少申告加算税五万三〇〇〇円を超える部分の各取消しを求める請求、並びに、同被告が原告に対して行った平成二年七月三日付け過少申告加算税の変更決定処分の取消しを求める請求につき本件訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告一関税務署長に対するその余の請求並びに被告国税不服審判所長及び被告国に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  平成四年行ウ第六号事件について

1  請求の趣旨

(一) 被告一関税務署長が原告に対して行った平成二年六月二八日付け及び同年七月三日付け加算税の各賦課決定処分はこれを取り消す。

(二) 原告の審査請求について被告国税不服審判所長が行った平成四年二月五日付け裁決はこれを取り消す。

(三) 訴訟費用は被告一関税務署長及び被告国税不服審判所長の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  平成五年ワ第九四号事件について

1  請求の趣旨

(一) 被告国は、原告に対し、金二七〇万三四一〇円及びこれに対する平成五年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告国の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行免脱宣言

第二事案の概要

本件は、一関税務署の係官の慫慂に基づき所得税の修正申告をなした原告において、右修正申告は、同係官の脅しと偽計によって追い詰められてなされたものであって、詐欺、脅迫によるものであり、また客観的に重大明白な錯誤があるから、右修正申告は、詐欺又は脅迫により取消を免れない、しからずとしても錯誤により無効であると主張して、右修正申告に基づく被告一関税務署長の加算税の賦課決定及びこれに対する審査請求を棄却した被告国税不服審判所長の裁決の各取消しを求めるとともに、(平成四年行ウ第六号事件)、被告国に対して右修正申告に基づき確定申告額を超えて納付した金額の返還を求めた(平成五年ワ第九四号事件)事案である。

一  争いのない事実

1  確定申告及び修正申告

(一) 原告は、型枠工事業を営んでいた者であるが、被告一関税務署長に対し、原告の所得税について、次のとおり確定申告(以下「本件確定申告」という。)をした。

(1) 昭和六〇年分

申告日 昭和六一年二月二〇日

総所得金額 二〇九万五九九二円

納付すべき税額 七万一七〇〇円

(2) 昭和六一年分

申告日 昭和六二年二月二八日

総所得金額 一七一万九四〇〇円

還付税額 二万五三一〇円

(3) 昭和六二年分

申告日 昭和六三年二月二四日

総所得金額 四五三万五一三四円

(うち営業所得金額 四三一万八九〇〇円)

納付すべき税額 三九万九五〇〇円

(4) 昭和六三年分

申告日 平成元年二月二〇日

総所得金額 四五九万五一二二円

(うち営業所得金額 四四〇万六六二二円)

納付すべき税額 三〇万〇四〇〇円

(5) 平成元年分

申告日 平成二年二月一九日

総所得金額 一〇三五万二九五三円

(うち営業所得金額 一〇一六万四四五三円)

納付すべき税額 一六四万三七〇〇円

(二) その後、原告は、平成二年五月三一日、被告一関税務署長に対し、右各年分の所得税について、次のとおり本件で問題とされている修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。

(1) 昭和六〇年分

総所得金額 五七八万六四一四円

(うち営業所得金額 四九七万八六二二円)

納付すべき税額 七六万〇〇〇〇円

(2) 昭和六一年分

総所得金額 五〇六万二二三七円

(うち営業所得金額 五〇六万二二三七円)

納付すべき税額 五八万八六〇〇円

(3) 昭和六二年分

総所得金額 一〇八八万七六九八円

(うち営業所得金額 一〇六七万一四六四円)

納付すべき税額 二一八万一二〇〇円

(4) 昭和六三年分

総所得金額 六八四万七六五七円

(うち営業所得金額 六六五万九一五七円)

納付すべき税額 七五万一〇〇〇円

(5) 平成元年分

総所得金額 一一五一万一九〇三円

(うち営業所得金額 一一三二万三四〇三円)

納付すべき税額 二〇九万六四〇〇円

2  原処分

被告一関税務署長は、平成二年六月二八日、原告に対し、原告の右各年分の所得税について、次のとおり過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

(1) 昭和六〇年分

過少申告加算税 一万〇〇〇〇円

重加算税 一四万四〇〇〇円

(2) 昭和六一年分

無申告加算税 二万〇〇〇〇円

重加算税 一二万九五〇〇円

(3) 昭和六二年分

過少申告加算税 二四万二〇〇〇円

(4) 昭和六三年分

過少申告加算税 四万五〇〇〇円

(5) 平成元年分

過少申告加算税 四万五〇〇〇円

3  更正及び加算税の変更決定

被告一関税務署長は、平成二年七月三日、原告に対し、原告の昭和六二年分の所得税(本税)の課税処分及び本件賦課決定処分について、次のとおり更正及び加算税の変更決定をした。

総所得金額 七〇一万二六九八円

(うち営業所得金額 六七九万六四六四円)

納付すべき税額 九二万六二〇〇円

過少申告加算税 五万三〇〇〇円

4  異議申立て

原告は、平成二年八月二八日、被告一関税務署長に対し、本件賦課決定処分(昭和六二年分については右変更決定後の金額)の異議申立てをしたところ、被告一関税務署長は、平成三年四月九日、次のとおり、昭和六〇年分の重加算税を過少申告加算税に、同六一年分の重加算税及び無申告加算税を過少申告加算税に、それぞれ変更する内容の一部取消し決定をした。

(1) 昭和六〇年分

過少申告加算税 三万四〇〇〇円

(2) 昭和六一年分

過少申告加算税 二万九〇〇〇円

5  更正処分

被告一関税務署長は、平成三年六月三日、原告に対し、原告の昭和六一年分の所得税について、次のとおり更正をした。

総所得金額 五一四万三六五三円

(うち営業所得金額 五〇六万二二三七円)

納付すべき税額 五五万九八〇〇円

6  審査請求

原告は、平成三年五月九日、本件賦課決定処分(昭和六〇年分及び同六一年分については異議決定による一部取消し後の金額)について、被告国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、被告国税不服審判所長は、平成四年二月五日、右審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

7  本件修正申告取消しの意思表示

原告は、平成五年三月二二日、被告一関税務署長に対し、本件第二回口頭弁論期日において、本件修正申告を取り消す旨の意思表示をした(本件記録上明らかである。)。

8  所得税の納付

原告は、平成二年七月六日までに、被告国に対し、本件修正申告に基づく昭和六〇年分から平成元年分までの所得税(但し、昭和六二年分については同月三日の更正及び加算税の変更決定後の税額)を納付したが、原告が確定申告額を超えて納付した右所得税は二七〇万三四一〇円(右各年分の修正申告額、更正処分ないし異議決定による一部取消しのなされた年分についてはその更正等のなされた後の税額の合計五〇九万三四〇〇円から原告の右各年分の確定申告額の合計二三八万九九九〇円を控除した金額)である。

二  争点

本件修正申告は、一関税務署の担当係官の詐欺、脅迫によるものか、錯誤に基づくものか、本件の事案において詐欺、脅迫による取消しないし錯誤による無効を主張できるか。

1  原告の主張

(一) 原告は、所得税の確定申告にあたり、毎年大東町にないし税務署が行う納税申告相談において税務署員等に確定申告書を作成して貰って申告しており、昭和六三年四月一九日には、一関税務署において中村という係官から税務調査を受け、昭和六〇年分、同六一年分及び同六二年分の所得について申告額を是認された。

(二) しかるに、一関税務署の須田文明調査官(以下「須田調査官」という。)は、平成二年五月一一日、原告宅に臨場し、原告から昭和六〇年分から平成元年分までの手持ちの書類の提示を受け、これを預かって帰り調査を進めた。そして、数日後、三回目の調査で原告宅に臨場した際、須田調査官は、原告に対し、「あなたは消費税で一四〇万円も儲かっている。」「今年も二〇〇万円ぐらい儲かるはずだ。」と述べ、さらに「源泉徴収をしていない人がいたから、これでは三〇〇万円位の罰金を取られることになる。」と話した上、気が動転している原告に対して「三〇〇万円の罰金を払った上に二五〇万円位の税金を払うようになる。」と脅しながら、「それよりも自分の方から修正して黙って払った方が得だ。」と述べて修正申告を慫慂した。

原告は、須田調査官に罰金の話をされてから、そのことが頭を離れず、食事も喉を通らなくなり、夜もなかなか寝つかれず、寝てもすぐ目が醒めて眠れない状態が続き、ついに体調を崩して医師の診察を受けたところ「急性神経性胃炎」と診断されて、気力体力共に失って、いつまでも税務調査が続くようではとても耐えられない、自己の確定申告に誤りがあるとは考えないが、三〇〇万円の罰金を払わなくても済むならば、税務調査を終えて貰って税額二五〇万円の修正申告することもやむを得ないのではないかと思うようになっていた。

そうこうするうち、一関税務署からの呼出があって、原告は、平成二年五月三一日同署に出頭したところ、須田調査官に、事前に作成していた昭和六〇年から平成元年分までの原告の修正申告書を示されてその場で捺印を求められ、「消費税で儲かったのだから定期預金を解約して払った方がよい。」と言われて、内容を確かめる余裕もなく、これに捺印し、申告書の控等を貰って帰宅した。

(三) ところが、後から落ち着いて控えを見ると、修正申告書の内容は、前記一、1、(二)記載のとおり、税額が六三七万七二〇〇円で、増差が三九八万七二一〇円となっていて、とりわけ、昭和六二年分が突出し、同年分の追加納税額だけで一七八万一七〇〇円となっており、須田調査官の説明とかけ離れていた。そこで、原告は、すぐ須田調査官に電話をかけ、修正申告の金額が誤っており、取引先から書類を取り寄せるから待ってほしい、同年分の修正申告による税額は払えないと伝えた。

平成二年六月一八日、取引先から売上資料が届き、計算し直してみると確定申告の内容の方が正しいことが確認できたので、原告は、須田調査官に連絡し、翌一九日に自宅に臨場した須田調査官に書類を見せたところ、同調査官は修正申告の誤りを認めたが、「私の立場もあるので、このまま払ってほしい。」と修正申告に従うように求めたので、原告が「誤りがはっきりしたのになぜ減額しないのか、納得できないので払えない。」と言うと、須田調査官は「この分を払ったら来年の申告で調整してやろう、面倒をみるから。」と述べ、原告が「いつ転勤するか分からないのに、誤りをこのままにしておけない。」と言うと、同調査官は「私は一関に来たばかりだから転勤しない。」と言うので、原告が「では文書に書いてほしい。」といい、隣室で聞いていた原告の妻佐藤行子も「一筆書いて貰わないと納められない。」と付言すると、須田調査官は「税務署では書けるものと書けないものがある。」と言うので、原告は「それでは納めない。」と断ると、須田調査官は「本当は来年の申告で調整するなんて出来ないんだよ。」と言い残し辞去した。

(4) 本件修正申告は、右のとおり、原告の真意によらず、かつ担当係官の脅しと偽計と強要によってなされたものであって、錯誤ないし取消しによって無効であり、右修正申告に基づき原告が確定申告額を超えて納付した金額は、被告国において法律上の原因なくして利得したものであって、原告としては不当利得としてその返還を求める以外に救済を受ける方法がないから、その返還を求める。

また、本件賦課決定処分は、瑕疵ある本件修正申告に基づくものであって、しかも修正申告どおりの税額の納付に応じなかった原告に対する報復の意味合いを込めたものでもあるから、違法であり、取り消されるべきである。

2  被告らの認否及び反論

(一) 原告の主張(一)の事実のうち、昭和六二年分の納税申告相談のあと一関税務署の係官が原告に面接したことは認めるが、その余は否認する。このときの係官はいわゆる税務調査をしたものではなく、それまでの確定申告を是認したこともない。

(二) 原告の主張(二)の事実のうち、須田調査官が原告主張のころ原告宅に臨場し、原告手持ちの書類を預かったこと、原告が平成二年五月三一日一関税務署に来署し、須田調査官が事前に作成していた各年分の修正申告書に署名捺印して本件修正申告をなしたことは認めるが、その余は否認する。

原告が、そのほとんどの従業員について源泉徴収手続を怠っていたので、須田調査官が所得税法に定める源泉徴収義務と徴収方法などを説明指導し、その際、正規に源泉徴収をしていれば三〇〇万円位になるというような話をしたことはあるが、罰金というような発言をした事実はない。また、平成元年に消費税が導入されたことから、須田調査官が原告に対し消費税の基本的な事項として本則課税と簡易課税について説明したことはあるが、儲かっているとの趣旨の発言はしていない。源泉徴収あるいは消費税の話によって原告を威嚇し、修正申告を強要したような事実もない。

須田調査官が本件修正申告書の住所氏名欄以外の部分を予め記入していたのは、納税者にとって書面の記入が難しく、修正申告の慫慂などの場面で便宜的に行ったまでで、通常よくあることであり、納税者がそれに拘束されることはない。原告は、須田に調査官から、所得金額や査定根拠、納税額について説明を受けた上、納得してこれに自ら署名捺印して被告一関税務署長に提出したあと、調査担当者が案内した納付係において担当者と納付相談をし、具体的な納付予定日と納付金額を約束して帰宅したものであるから、本件修正申告書は、原告が主張するような混乱、動転した状況のもとで提出されたものではない。

(三) 原告の主張(三)の事実のうち、原告から取引先の売上資料が届いたとの連絡を受けて原告宅に臨場したこと、一筆書くことを断ったことは認めるが、その余は臨場の日時を含め否認する。

須田調査官が原告宅に臨場したのは平成二年六月一九日ではなく、同月二九日である。「来年の申告で調整してやる。」などという発言をしたことはない。「税務署では書けるものと書けないものがある。」と言って書くのを断ったのは、被告税務署長による職権での減額更正を約する書面であって、須田調査官の一存ではできないことだからである。

(四) そもそも修正申告に関する錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、税法に定める過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければならないと解されるところ、前記(二)に記載した事実関係からすると、原告に本件修正申告にあたって錯誤があったと言えないことは明らかであり、また、原告主張の脅迫や詐欺も到底認められない。過少申告加算税の賦課決定は、本件修正申告が適法であり、国税通則法六五条四項に言う「正当な理由」が認められない本件においては、取消原因は存しないものである。

第三当裁判所の判断

一  不当利得返還請求及び本件賦課決定の取消請求について

1  本件修正申告に至る経緯と申告の状況

甲一、甲二、乙六ないし一八、乙二五の二、証人須田文明、原告本人の一部によると、次のとおり認められる。

(一) 原告は、いわゆる白色申告納税をしていた者であるが、一関税務署は、平成二年になって、昭和六〇年以降の原告の所得を調査することになり、担当の須田調査官は、平成二年五月八日、原告に電話した上、同月一一日、原告宅に臨場した。そして、同調査官は、原告に対し、所得税の調査で臨場した旨、調査対象は平成元年分から以前三年間、場合によってはそれ以上になる旨を説明し、帳簿類の提示を求めたところ、昭和六三年分及び平成元年分については簡易な帳簿、収入関係書類、請求書、領収書等があったが、昭和六二年以前の分については領収書等を紛失しその一部のものしか提示がなかった。そこで、須田調査官は、原告の了解を得て、それらを一関税務署に持ち帰って検討し、さらに、同月一四日及び同月二一日にも原告宅に臨場して、原告からの聞き取りによる調査を行った。昭和六二年以前の金沢工務店からの収入に関する資料の提出については、原告は、既に取引を止めたところに書類を貰いに行くのは都合が悪いなどとして応じなかった。

(二) その調査の結果、原告は、その従業員の所得税の源泉徴収を、従業員のごく一部の者からしか行っていないことが判明したことから、須田調査官は、右五月二一日に原告宅に臨場した際、原告に対し、源泉徴収をすべき旨及びその方法等を、正規に源泉徴収すると三年間で三〇〇万円位になる等と具体的に説明し、場合によっては加算税による制裁もあり得ることを説明したが、罰金などということは言わなかった。なお、消費税の導入時期であり、税務署内で消費税の指導説明は十分行うよう指示があったことから、須田調査官は、原告に対し、本則課税より原告の選択した簡易課税の方が有利になっていることを説明し、原告が簡易課税を選択しているので、儲かっているはずと発言した。

(三) 右調査における所得の把握方法は、昭和六三年分及び平成元年分については帳簿、書類があったのでそれにより、それ以前の分については、資料が不足していたので、基本的には本件確定申告の収入金額を基礎とし、経費については昭和六三年分及び平成元年分について得られた経費率を乗じて推計する方法に拠った。しかるに、本件確定申告の収入金額は、営業所得なのに給与所得として算出したり、集計の誤りや計算違いがあったほか、車の月賦代や前渡金を控除して収入金額を計上したもの等があり、経費の面でも減価償却等で間違いがあった等のことから、各年分とも当初確定申告した額よりも調査額の方が大幅に上回った。

(四) そこで、須田調査官は、平成二年五月三一日、原告を一関税務署に呼び、その直属の上司である門間統括官の同席を得て、本件修正申告の慫慂をした。一般の納税者にとって修正申告書の記入は面倒あるいは困難であることから、須田調査官は、本件修正申告の慫慂に先立ち、本件修正申告書に前記調査結果に基づく数値を予め記入しておいた。そして、原告に対し、右申告書の記載を示しながら右(三)のとおり本件確定申告に誤りがあったことを指摘し、納付すべき税額が右申告書の記載のとおりとなることを説明した。原告は、右説明を受け須田調査官らの求めに応じ、各年分の修正申告書に自分で住所、氏名を記入し、押印して被告一関税務署長に提出して本件修正申告をなした後、納付係に案内され、担当者と納付日時の相談をして帰宅した。右説明や押印の際、須田調査官等から、原告を畏怖させるような言動は全くなかった。

(五) なお昭和六二年分の修正申告については、その後原告から須田調査官に、本件修正申告の更正の申出とともに金沢工務店から届いた書類が提出され、右書類に照らすと、原告の右年度における営業所得は六七九万六四六四円にすぎず、修正申告の営業所得は一〇六七万一四六四円で三八七万五〇〇〇円も過大であったため、被告一関税務署長は、同年七月三日、原告の昭和六二年分の所得税及び過少申告加算税について、前記第二、一、3のとおり更正及び加算税の変更決定をした。

(六) 原告は、平成二年六月八日、本件修正申告により新たに発生した所得税額のうち、昭和六二年分を除く全額を納付し、同年七月六日、前項認定の減額更正後の昭和六二年分の税額及び本件賦課決定処分により発生した各加算税を納付した。

2  本件修正申告の効力について

(一) 原告は、本件修正申告は、須田調査官等の詐欺、脅迫によるものと主張し、原告本人の供述は右主張に沿うけれども、本件修正申告に至経緯、本件修正申告の際の状況は前記認定のとおりであって、税金納付等のその後の経過とも照らし合わせると、須田調査官等に脅迫行為があったとは認め難く、また詐欺行為の点も、昭和六二年分の修正申告の営業所得等が実際のそれと違うことが判明したのが本件修正申告後のことであることは前記認定のとおりであって欺罔の意思があったとはいえないし、その余の各年分の所得については、実際のそれと違う事実を認めるに足りる証拠がないから、本件修正申告が須田調査官の詐欺行為によるものとは認め難い。しかして原告本人の右供述は俄かに信用することができない。他に右主張を認めるに足りる確たる証拠はない。

なお、須田調査官が原告宅に調査のため臨場した際の同調査官の言動から、心痛の余り急性神経性胃炎になり、気力体力を失って、本件修正申告当時には、同調査官のいうとおり修正申告に応ずることもやむを得ないとの心理状況に陥っていた旨の原告本人の供述も、そのころ右胃炎になったとの診断書は証として提出されていないところ、出血性食道潰瘍で入院したのは、本件修正申告がなされた五か月後の平成二年一〇月三〇日のことであるから、この供述も信用し難いところである。

なお、原告は、平成二年六月一九日に須田調査官が原告宅に来て偽計を用いて本件修正申告のとおり納税させようとした旨主張するけれども、それが事実あったとしても、本件修正申告後のことであるから、本件修正申告の効力を左右しない。

(二) 次に、原告は、本件修正申告は錯誤により無効であると主張するので判断するに、昭和六二年分については、本件修正申告の営業所得が実際の営業所得より三八七万五〇〇〇円も過大であったこと前記認定のとおりであるから、錯誤があったことが認められるが、その余の各年分については、錯誤があったことを認めるに足りる証拠はない。ところで、所得税確定申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許されないものと解すべきであり(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決・民集一八巻八号一七六二頁)、右の理は、基本的には修正申告書についても該当すると考えられるところ、昭和六二年分についての右錯誤は、原告が本件修正申告後に金沢工務店から取り寄せた書類によって判明したものてあること前記認定のとおりであり、右錯誤が客観的に明白であるとは認め難いし、また右書類に基づいて原告の申し出のとおり平成二年七月三日に減額更正がなされていること前記認定のとおりであって、これにより原告が本件修正申告により被る不利益が解消されたのであるから、右特段の事情があるとも認められない。そうすると、原告は、本件において錯誤の主張をすることは許されないといわねばならない。

なお原告が前記認定の須田調査官の言動を誤解して修正申告をしなければ三〇〇万円の罰金を課せられると考えて本件修正申告をなした点に錯誤があるとしても、それは表示されない動機の錯誤にすぎず、本件修正申告の効力を判断するうえで考慮する必要をみない。

3  以上によれば、本件賦課決定の前提となる本件修正申告には法的な瑕疵は認められず、本件修正申告は適法かつ有効なものというべきであるから、原告が本件修正申告による納付税額(本税)について不当利得の返還を求める部分は理由がない。

また、本件修正申告に瑕疵がないことを前提としてなされた本件賦課決定処分(昭和六〇年分については平成三年四月九日付け異議決定による一部取消し後の供述、同六一年分については平成三年六月三日付け更正による本税額に基づいて計算した金額、昭和六二年分については平成二年七月三日付け変更決定による金額)は、原告が国税通則法六五条二項の「正当な理由」について主張・立証をしない以上、同法(昭和六〇年分及び六一年分については昭和六二年法律第九六号による改正前の同法による)六五条一項に照らし適法であり、その取消を求める原告の主張は理由がない。

4  なお、本件賦課決定処分のうち、昭和六〇年分及び同六一年分については、平成三年四月九日付け異議決定により右六〇年分につき過少申告加算税三万四〇〇〇円を超える部分、右六一年分につき同加算税二万九〇〇〇円を超える部分が取り消されており、また昭和六二年分について、平成二年七月三日過少申告加算税五万三〇〇〇円を超える部分も取り消されているから、当該取り消された部分の金額については原告に取消しを求める訴えの利益はない。

二  平成二年七月三日付け過少申告加算税変更決定取消請求について

被告一関税務署長が平成二年七月三日付けで原告に対して行った過少申告加算税変更決定処分は、加算税額を減少させる処分であって、原告に対する不利益処分ではないから、原告にはその取消しを求める訴えの利益はない。

三  本件裁決の取消請求について

原告は、原処分の瑕疵を主張、立証するだけで、本件裁決固有の瑕疵を何ら主張、立証しないから、本件裁決をとりけ取り消す理由はない。

第四結論

以上によれば、原告の、本件賦課決定処分のうち昭和六〇年分につき過少申告加算税三万四〇〇〇円を超える部分及び同六一年分につき過少申告加算税二万九〇〇〇円を超える部分の各取消しを求める請求、並びに、被告一関税務署長が原告に対して行った平成二年七月三日付け過少申告加算税の変更決定処分の取消しを求める請求は、いずれも訴えの利益がないから訴えを却下することとし、同被告に対するその余の請求、同国税不服審判所長に対する請求及び同国に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐々木寅男 裁判官 波床昌則 裁判官 池下朗)

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